
お正月の謂れ
お正月は、一番のハレの日。
年神様をお迎えし、新年を寿ぐしきたりや行事食が、各地方に伝承されています。
年末から年始にかけて私たちは、年取り膳やお節料理、雑煮、屠蘇、七草粥、小豆粥などたくさんの行事食を頂きます。
農耕民族である日本人は、餅、飯、酒、という米を原料とした食物を大切に、神様にお供えをします。そのお供物を直会(なおらい)で人が頂く「神人共食」が日本の古くからの慣わし。
食物を通じて、神様のご加護を願います。
祝い箸
お正月の食事には、両端が細く丸みを帯びた「祝い箸」が使われます。これは片方を年神様、もう片方を自分が使うための箸で、両口箸とも呼ばれます。
祝い箸は柳の木で作られることから、柳箸ともいわれます。柳は木肌が白く清浄で強靭、さらには春にはいち早く芽吹くことから、祝いの箸となりました。しかし、現在は柳の入手が難しくミズキなどが使われています。
箸袋の名入れは、一家の家長の重要な役目とされています。箸袋の書式には東日本型と西日本型があり、どちらも箸が右に出るように膳に並べます。
年取り膳・年取り魚
私の住んでいる東北地方では、年神様をお迎えするための「年取り膳」を今も大切にしています。月の満ち欠けによる旧暦が使われていた明治時代の初期まで、一日の始まりは日没でした。すなわち大晦日の日没が元旦というわけです。年取り膳に欠かせない膳の主役は「年取り魚」と呼ばれます。西日本は鰤で東日本は鮭という大きな区分もありますが、東北地方の年取り魚は、地域によってさまざまです。青森の鱈、八戸の鯨、秋田のハタハタ、宮城のナメタガレイ、山形のエイ、米沢の鯉などがその一例です。年取り膳を年神様にお供えし、昨年を無事に過ごせたことへの感謝や新年の豊穣と繁栄を願い家族で頂く年取りの慣わしを受け継ぎ、次世代に伝えてゆきたいものです。
年越し蕎麦
除夜の鐘を聞きながら「年越し蕎麦」を食べるようになったのは、江戸時代もしくは鎌倉時代に遡るといわれています。細く長く健康であるようにと、長寿を託して頂きます。鏡餅
年神様の象徴である円鏡をかたどった丸い餅に縁起もののお飾りをほどこします。餅飾りは地方によっても家々によっても異なりますが、次のものが多く用いられます。・橙(だいだい)・楪(ゆずりは) 子孫繁栄。
・裏白(うらじろ) 穂長(ほなが)ともいわれ、長命の象徴。
葉の裏の白い側を見せて敷き、心に裏の
ないことを示す。
・昆布 昆布は古くは広布(ひろめ)といい、
子生とも書く。広がる、喜ぶ、子宝に恵まれる
という願いがこめられる。
他には串柿や海老、金扇などを飾ります。
鏡開き
年神様が宿っていた鏡餅を下げる日。江戸時代の武家の鏡開きをもとに正月11日に行われます。
鏡餅は固いので割りますが、縁起をかついで開くという言い方をします。
お節料理
お節は「節供」に由来します。お正月は勿論、季節の変わりめの日を節日とか節句と呼び、この日に神様にお供えをし、お祝いをするための料理が「お節料理」人日、上巳(じょうし)、端午、七夕、重陽(ちょうよう)の五節句以外にも本来は地方ごとにさまざまな節供がありました。しかし、現在「お節料理」とは、お正月に限ったものとなっています。
重箱詰めのお節料理
武家のしきたりが中心のお節料理は漆塗りの五段重ねの重箱に詰められました。地方や各家庭により異なりますが、一の重には口取り(祝い肴)、二の重には焼き物、三の重には煮物、与の重(四の字は死に通じるので避ける)には酢の物を入れるのが、標準的なスタイルです。五の重は控え重とか預り重といい、お節の補充用の分を詰めるのに使われます。しかし、最近はお正月といえどもお節ばかりを食べることもなく、重箱も簡略化され、三段や二段重ねのものも使われています。お重詰めは、料理が引き立ち場所を取らずに保存できることが利点です。年神様にお供えし たお節料理はつつしんでお籠りをして食べるのが良いとされていて、お重詰めの習慣は、今も引き継がれています。屠蘇
屠蘇とは、蘇(鬼)を屠(ほふ)るの意。年始には各種の薬草を浸した屠蘇を頂き、一年の邪気を祓います。大晦日に屠蘇をつくり屠蘇器に移し、鏡餅の前に供えます。元旦には家族一同が恵方を拝した後、屠蘇を頂戴します。年長者から盃を巡らせるご家庭が多いのですが、中国の礼記(らいき)には年少者から順に飲むと記されています。又一方で、屠蘇酒は中国から伝わったものとされ、三国時代に医者が薬酒で死者を蘇生させた事から「屠った者」が「蘇る」意味の説と、唐の医者の草庵の名からという説もあります。
年賀に来た客にすすめる酒を「年酒」と言いますが、初献に「屠蘇」後は酒を供するのが一般的です。
