
父の日の食卓完成に乾杯♪
父の日の謂れ
○アメリカが発祥の父の日アメリカが発祥の「父の日」が、1972年6月第3日曜日に、ニクソン大統領によって祝日と制定された背景には以下のような事があったそうです。
南北戦争(1861年〜1865年)に召集されたウィリアム・ジャクソン・スマート氏は、留守を預かり過労によって逝去した妻に代わり、復員後6人(男5人・女 1人)の成育のために献身的に努力をしました。1908年アンナ・ジャービスが「母の日」を提唱したのを知ったワシントン州に住むジョン・ブルース・ドット夫人(ウィリアム・ジャクソン・スマート氏の末っ子)は「父の日」も作って欲しいと牧師教会に嘆願したそうです。
1914年、5月の第2日曜日が「母の日」として制定され、アメリカ国民祝日となったことに比べると父の日が広く認知されるまでには、かなりの歳月を費やしています。
日本では…
日本では、1947年5月の第2日曜日が「母の日」となりました。しかし、70年代にはまだ「父の日」はさほど知られていませんでした。父の日が認知される背景には、社団法人メンズファッション協会を母体とした『FDC・日本ファーザーズ・ディ』委員会が1981年に設立したことが、大きく寄与しています。同委員会では現在「ベスト・ファザー発表授賞式」や「父の日・黄色いリボンキャンペーン」といった活動を展開。マスコミにも取り上げられるようになりました。
「母の日」のプレゼントには、カーネーションを贈るのが一般的ですね。では父の日は一体どんなお花を贈るのでしょうか?ドット夫人は「父の日」に父親の大好きだった花である白いバラをお墓に供えたそうです。それを受け、父親が健在ならば赤いバラ、他界の場合は白いバラを贈るという説があります。
「父の日・黄色いリボンキャンペーン」が実施されている日本では、父の日のシンボルカラーに『黄色』を選ぶ傾向がみられます。イギリスでは『黄色』は身を守るための色と言い伝えられてきました。この『黄色』はアメリカに渡り「黄色のリボン」となり「愛する人の無事を願うもの」となったとか。
父の日のプレゼントに黄色のリボンを結ぶことには、そんな意味があったんですね。
「父親を尊敬し、称え祝う日」にパパのとびっきりの笑顔が見たくて子供たちと一緒に食卓を整えました。
向日葵ママ撮影記

『記念だから、今回はお料理をのせて撮影に臨みたい』
とテーブルコーディネートの準備だけでなく、今回は、お料理もご自身の手作りで、お持ちいただいた。
お料理が最大限に活かされる食卓を!!

そんな私の想いを察したかのように…
『私と菅間君の乾杯じゃ、母の日の撮影よね〜♪』
『父の日のコンセプトとは違うけど!!』
なんてジョークを飛ばしながら、撮影現場の空気は終始なごやかに、やさしく流れている。
いつもながら撮影が終了すると、お料理を頂くのが楽しみな私は、今回も又、素材の味を最大限に活かした、優しい味わいが心と体の栄養となっている事を実感しているのである。

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